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野家啓一紹介本|みすず読書アンケート2014年

2014年9月18日 12:02 / カテゴリ:[ ]


みすずの読書アンケート2014年版から気になる本をピックアップしていく企画の続きです。今回は哲学者の野家啓一先生が紹介している本から。

私が今回紹介されている本で一番気になったのはこちらです。

・ジョン・フォージ『科学者の責任―哲学的探究』佐藤透・渡邉嘉男訳、産業図書、2013年

本書に関して野家啓一先生は、以下の様なコメントを指定ます。

とりわけ科学者の「後ろ向き責任」と「前向き責任」を意図と選択の関係として哲学的分析を加えた議論は一読に値する。

かなり高い評価を受けていたので、とても興味深いです。特に私は責任というものについて非常に興味があるので、それにまつわる議論はぜひフォローしておきたいところです。

それにしても福島原発事故から一気に科学者の責任についての議論が噴出していますが、それに対して政治家やそれを選んだ市民の責任は皆無なのか気になるところです。原発事故の被害は世界中に及びかねない重大事であって、日本国民は単なる被害者ではなく加害者の立場でもあるように思います。

いや、日本人の私としては「責任がない」「加害者なんかじゃない」と言えた方が嬉しいのですが、外国人は日本人が思っている以上にシビアな目を向けているんですよね。少なくとも私の交流した人たち(友人というほど親しくない人たちです)の中には、日本人の責任を論ずる人もいたわけで。

(受益者が危険源の管理について責任を負うという構成は、とても自然なものです。したがって、最終的に責任を負わせられないとしても、日本人の責任について問題提起することにも一定の合理性はあると思います)

科学者の責任という論点が重要なのはわかりますが、対外的にも政治や有権者レベルでの責任を考慮する必要はあるんじゃないかと思います。

まあ、そのレベルまで責任を訴求することについてちゃんと検討したことがないので、そういう議論構成は無理筋の可能性もありますけどね。

ルイス・フロイスと茶道とコンプレックス

2014年9月16日 11:50 / カテゴリ:[ メモ ]


ヨーロッパ人が茶に出会ったのが16世紀後半だと言われていますが、ルイス・フロイスが日本で茶道に出会ったのもちょうどこの頃ですね。彼は茶に出会った最初期のヨーロッパ人だったわけです。

最近読んでいた磯淵猛『一杯の紅茶の世界史』(文春新書)には、次のような説明があります。

十六世紀の後半になってやっと茶に出会ったヨーロッパ人は、まだほんのわずかの限られた人たちであった。しかし、その頃日本では既に千利休が茶道を開き、茶事が盛んだった。ルイス・フロイスが茶道に触れたのもこの頃である。茶は単なる飲みものではなく、心や礼儀、そして民族の文化を育んでいた。彼は少なからずこの高貴なセレモニーにコンプレックスを抱き、茶の文化に敬意を表した。そして彼らが伝えた茶の情報は、そのまま東洋の文化の象徴として広まっていった。

ルイス・フロイスが茶道を評価していたことだとか、彼の情報によって茶道が東洋文化の象徴的として広まったという話はなんとなくわかるのですが、コンプレックスを抱いていたのでしょうか?

たしかにヨーロッパの時代背景を考えると、こういうコンプレックスを持っていてもおかしくないのかなとは思います。産業革命前ですし。

でもなんというか、「高貴だからコンプレックスを抱いた」みたいな説明の仕方ってすごく西洋的ですね。

いや、はっきり言って私は西洋的思考法の方が好きだし妥当だと思っているのですが、それはそれとして東洋人が西洋に対する東洋文化の優越を西洋の語彙と思考様式で記述している状況に不思議な感覚を覚えます。

私が思うに、東洋的というべき思考って仏教の縁起のような「関係性」みたいな考え方なんですよね。東洋思考単独であるのではなく、西洋思考に対するカウンターとしてはじめて有意義になりうる。そういう思考として東洋思考がある。それこそがまさに東洋的な在り方ではないかと思います。

この観点からは西洋を一方的に貶めるような見方に自己矛盾性を感じます。まあ、だから背理法によって西洋的価値観がおかしいということになるのですが。

話がルイス・フロイス個人についてのものを超えて、記述者の思想や西洋と東洋の思考様式の違いに関する私見にまで及んでしまいました。かなり誇張している部分はありますが、ともかく中々考えさせられる興味深い記述でした。

【読書感想】ミシェル・フーコー『知の考古学』

2014年9月14日 11:02 / カテゴリ:[ ]


最近フーコーに関する本を読んだので、久しぶりにこちらの本を引っ張り出して読み返してみた。

・ミシェル・フーコー『知の考古学』慎改康之訳、河出文庫、2012年

フーコーの『知の考古学』といえば、中村雄二郎の伝説的誤訳本が長らく有名だった。誤訳の数々がはっきりと指摘されており、しかも日本語として奇妙な文章が並ぶため、ただでさえ難解な著作がさらにわからなくなる。日本語しか読めない読者は二重に苦しむ必要があった。

その状況が劇的に改善したのは、こちらの翻訳が一昨年出版されてからだ。アマゾンのレビューでもしきりに触れられているが、旧訳に対して驚くほど読みやすい。日本語として筋が通っており、フーコーが本書でやりたがかったことがすんなり了解できる翻訳になっている。少なくとも、とりたてて誤訳があると指摘するほどの本ではなくなっている。

単行本ではなく文庫として出版したことも高く評価したい。現代の古典ともいうべき名著が非常にアクセスしやすい価格になっている。

もっとも、本書はかなり読者を選ぶ著作だ。そもそもが『言葉と物』における自身の方法論をさらに深めるための著作なので、相応の前提知識が要求される。それに従来の思想史に関する知識がなければ、本書の意義はわかりにくいだろう。さらにフランスで受容されたかぎりでのヘーゲルの歴史哲学への理解も必要になってくるだろう。もっともこの辺りは訳者解説でも触れられているので、先にそちらを読めば不都合はないのかもしれない。その点でも訳者は読者に配慮しており、本書の価値を高めているといえる。

ちなみに、訳者は明治学院大学文学部フランス文学科の教員。フーコーに関する論文を多数だしている専門家であり、その多くがウェブ上で読める。『知の考古学』を読む時の参考にもなるので、フーコーに関する理解を深めたいなら、そちらも併せて読むことをおすすめする。

Amazonアソシエイトで最近ブログから売れた本

2014年9月13日 11:04 / カテゴリ:[ ネット関係 ]


最近私のブログから売れた本を紹介します。

といっても書評ブログから売れた本ですから、どちらも紹介済みだった気がしますが。

・山形孝夫『砂漠の修道院』新潮選書、1987年
・苫米地英人『気を整えて夢をかなえるリセット整理術』永岡書店、2011年

『砂漠の修道院』は平凡社ライブラリー版を紹介していたと思いますが、どうやら内容さえ読めれば問題ないという判断で新潮選書版を購入したみたいですね。新潮選書版の方が古い分だけ値段が安くなってますから、これは妥当な判断かもしれません。

私は平凡社ライブラリーの手触りや本棚に並べた時の背表紙の美しさが好きなので、基本的に平凡社ライブラリーで出ているものは優先して購入していますが、同じ理由から選書版の方が好きだという人も多そうですね。

『気を整えて夢をかなえるリセット整理術』の方は、やはり苫米地英人の整理術ということで珍しい内容になっています。Amazonマーケットプレイスの価格もかなり安くなっているので、興味がある人は気軽に買えますね。

ところで今気づいたのですが、この本は永岡書店から出ているんですね。どうでもいいですが、書店員をやっていた頃に永岡書店の本は返本が面倒だった記憶があります。

ちなみに、ここで紹介した本はいずれもAmazonアソシエイト・プログラムを通じて紹介したものです。Amazonアソシエイト・プログラムは、最近になって報酬の料率体系を改悪してしまったので、書評ブロガーの収益は大幅に悪化してしまいました。なんだかとても残念です。

今回売れた本もマーケットプレイスからのものでした。しかしマーケットプレイスの本は価格が安いので、これまでは数を出して料率を上げるために利用するのが鉄則でした。それが使えなくなってしまったのですから、とても厳しい状況です。

料率を考えたら、もっとkindle本を紹介する方向にシフトしたほうが良いのかもしれませんね。これからの検討課題にしておきます。

それにしても、こうやって売れた本について徒然に文章を書いていくのは、結構楽しいですね。また何かあったらこの方式で記事を書いてみようかな。

蔭山宏紹介本|みすず読書アンケート2014

2014年9月12日 08:04 / カテゴリ:[ ]


今回は蔭山宏先生の紹介本から気になったものを取り上げてメモしておきます。蔭山宏先生は、慶應義塾大学法学部教授で政治思想史の研究者ですね。ご本人が2013年に出版した『崩壊の経験 現代ドイツ政治思想論集』(慶應義塾大学出版会)は、今回のみすず読書アンケート2014年版において複数の評者によって取り上げられています。

実はあまり知らなかったのですが、蔭山宏先生の博士論文ってみすず書房から出版されている『ワイマール文化とファシズム』という単著だったんですね。ということは、ファシズム研究の方が本筋の方だったのでしょうか。ファシズムとかワイマール共和国にとても興味があるので、結構気になっています。

それはさておき、先生が紹介している本でまず気になったのがこちら。

・馬原潤二『エルンスト・カッシーラーの哲学と政治―文化の形成と〈啓蒙〉の行方』、風行社、2011年

日本語で読めるカッシーラーの研究書って非常に数が少ないので、その全貌を把握できるであろう本書はかなり気になります。蔭山先生の以下コメントもかなり好意的です。

カッシーラーを総合的に理解する構想力には圧倒される。啓蒙の今日的意味を考察する視点もいい。

これは即買いだなと思ってアマゾンを見てみたところ、なんと新本が品切れになってました。しかも価格が高騰しており、マーケットプレイスでは16852円というとんでもない値段になってます。さすがに1冊の本にこの金額は躊躇ってしまいます。

でも出版社である風行社の出版目録を確認してみると、定価が11000円なんですね。そうなると1.5倍程度の価格なので、暴利というほどでもないのかな。まあ宝くじでも当たって懐具合に余裕ができないかぎり購入不可能ですね、これは(宝くじなんて買わないけど)。

また、こちらの本も気になりました。

・スヴェン・ハヌシェク『エリアス・カネッティ伝記』上下巻、上智大学出版、2013年

日本でも有名で翻訳も多い思想家であるエリアス・カネッティの伝記だそうです。あまり上智大学出版って見かけなかったのですが、意外と良い本がラインナップにあったんですね。

思想家や哲学者の伝記が大好きなので、本書は私の好みにドンピシャだろうと推測。ぜひ読みたいと思ったのですが、上下巻でこの価格だと図書館にリクエストした方が無難かもしれません。しかし近所の図書館にはこういう本が中々入荷してくれないんだよな~。ライトノベルいれるくらいならこういう本をもっと入荷して欲しいんですけど、ニーズの問題でしょうか。

別にライトノベルが悪いとは思いませんし私もたまに借りるのですが、ラノベコーナーの利用者の立場からしても「そんなに力を入れなくていいよ」と言いたくなるくらいに急激に充実してきた印象です。図書館は利用者を増やした方が予算獲得しやすくなるからこんなことしているのかなと不思議に思いました。ちょっと図書館組織の仕組みが気になってきますね。

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